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September 29 秋の神岡軌道跡を歩く その3軌道跡が舗装された道路になっています。 東猪谷駅跡に近づいてきました。駅構内は敷地が広がっています。 そして、表示板(棒)が立ててありました。 さらに東側に向うと切通しに入ります。その先にはトンネルがありました。 けっこう長さがあるようです。 そして、トンネルの出来る前の軌道跡も山を巻くように残っていました。 ここまでで軌道跡歩きはおしまい。帰り道からは神通川左岸の「衝上断層」が望めました。 猪谷関所館に戻り解散となり、お腹も空いてきたので、関所館の隣の食堂へ入りました。 食堂の名物の「ホルモン焼き」を美味しくいただきました。 関口知宏も「鉄道乗りつくしの旅」でこのホルモン焼きを食べていました。 September 28 秋の神岡軌道跡を歩く その2September 27 秋の神岡軌道跡を歩く その1先日のブログでご紹介をした猪谷関所館のイベント「秋の神岡軌道跡を歩く」に参加をしてきました。 高山を7時半に出発して富山市猪谷(旧細入村)の会場には9時少し前に到着しました。 JR猪谷駅前通りをちょっと入った場所です。 会場に入って驚きました。参加者が100名を越えているようです。 まずは館長のご挨拶。 そして、日本海文化研究所研究員の草 卓人講師の講演がありました。 10時半、いよいよウォーキングが始まりました。 JR猪谷駅前から神岡軌道構内跡へ向かいます。 駅構内には軌道跡も何箇所か残っていました。 ほぼ同じ場所です。(昭和12年5月3日撮影) そして、神通川橋梁の橋脚跡を望みます。 イベント終了後、川岸まで下りて撮影しました。 September 22 下付知駅写真は北恵那鉄道・下付知駅跡です。数年前には駅舎が残っていたのですが、取り壊されていました。 北恵那交通のバスが停めてあり、ここが駅だったことがわかります。 草の生えていないコンクリート部分がホーム跡、中津方面を望んだ写真です。 昭和46年に訪れた時、あまり時間がなかったので細かくは観察できませんでしたが、すでに駅付近には 付知森林鉄道跡は見つかりませんでした。 September 06 神通川橋梁今日の日曜日は家に篭って、写真のスキャンをしました。 神岡軌道の神通川橋梁を紹介します。 昭和11年11月頃の撮影と、平成7年9月に撮影したものです。 見比べてみて下さい。 バックの山の形はほぼ同じです。撮影地点は国道41号線の猪谷から富山方面へ 行った橋の上です。
平成の写真には橋梁のコンクリート基礎のみが写っています。 下流に神通川第1ダムができて、水面が上昇しました。
9月27日(日)に猪谷関所館で「秋の神岡軌道跡を歩く」イベントが開催されます。 August 26 寄り道August 25 なつかしの軽便鉄道展今回の初展示は「堀之内軌道」です。
菊川駅前から御前崎市池新田、14.8Kmを結んでいました。
明治32年8月19日に開業して、昭和10年に廃止されたそうです。
機関車は「オット」が使われました。これは日本で最初に導入されたディーゼル機関車です。
駿遠線の航空写真は、沿線の様子が良く判りました。根松駅近くの私が住んでいた家も写っていました。
全線の地図も展示され、航空写真と見比べると一層、理解ができました。
当日は「城東電軌」さんも会場に来られ、久しぶりにお会いすることができました。
駿遠線の関係者の方々も来られ、貴重なお話をうかがうことができ、阿形さんの研究調査も回を増す毎に
充実して来ました。
March 20 小坂森林鉄道昨夜(3月19日)は下呂市小坂町で開催された「森林鉄道」調査報告会
に参加してきました。
内容はかつて小坂町にあった、「小坂森林鉄道」の車両展示を目標と
した、調査報告でした。
地元で森林鉄道に関する写真、資料の提供を呼びかけ、写真や図面など
が集まり、展示されました。
記念講演として、「よみがえれ ボールドウィン実行委員会」で活躍され、下呂市にある森林技術センター
に転勤された川添峰夫所長の「地域と連携した森林鉄道修復活動の取組」がありました。
小坂森林鉄道の車両はほとんど残っていませんが、今後、復活保存へ向けての活動が行われるようです。
収集された資料には、大木橋の写真もあり、貴重な資料を見ることができました。 March 23 桃助橋January 06 ちょっと寄り道 その3森林軌道の関連の物が残っていないか探してみましたが、
森林境界標(新らしいものですが)は軌道境界の雰囲気が残り、
側溝にはめられた金物(用途?)と旗立の補強には古レールが使われていました。 January 05 ちょっと寄り道 その2湯屋方面の軌道跡です。サイクリングコースの終点付近の谷川に架け替えられた橋(昭和59年と書かれている)は、
以前は森林鉄道の木橋で、サイクリングロードは橋の下部を平行に迂回していた記憶があります。 January 04 ちょっと寄り道 その1まだ正月休み中なのですが、お客様から「電気が点かなくなった」との電話が入り
出かけました。その帰りにちょっと寄り道。
飛騨小坂の森林鉄道跡を見てきました。25年程前にサイクリングに行ったことが
ありましたが、近くの割にはその後はどうなっているかも知りませんでした。
下呂市小坂町の国道41号線交差付近から、湯屋温泉まで線路跡はサイクリング
コースとなっています。写真は対岸から眺めた線路跡、現在拡張工事?がされている
April 10 サボ鉄道雑誌の山の中から「サボ」が出てきました。上は房総線、下は都電です。
都電の方は昭和46年ごろ錦糸町デパート?で買ったような記憶があります。都電に乗ったのも一度だけです。
房総線のサボは蒸気機関車の煙で燻されたような色をしています。
学生時代、下宿の壁に飾っていました。本当に大昔の思い出です。 February 03 酒井製C4 その2昼食に「そば」を食べて今回の合宿は解散となりましたが、そのまま高山へ帰るにはもったいない天気です。そこで「開田高原」を回って帰ることにしました。高速で塩尻へ出て、19号を木曽路へと向かいます。木曾福島から新地蔵トンネルを抜け木曾町開田郷土館のC4を確認、こちらも大分くたびれてきました。雪の積もり方で末川線の線路跡も良くわかります。(廃線跡探検は雪解け直後が一番良いようです)
February 02 酒井製C4 その1翌日は大王わさび農場へ。安曇野の代表的な風景で、清涼な湧き水が空気までも磨いているように感じます。
次に池田町の酒井製C4 No.133を見学に行きました。大町温泉に保存されていた時よりも車体の下回りまで観察できるようになりましたが、廃車から30年傷みも目だってきました。 July 27 安房トンネルの車両安房トンネルの掘削工事に使用された車両がアカンダナ駐車場に保存されていました。以前は高山国道工事事務所平湯出張所(現 国土交通省・・・)に保存されていたのですが、移動されていました。(廃車されずに良かった!)
この車両は避難用と聞いていましたが、詳細はわかりません。安房トンネルは焼岳のすぐ近くに掘られたので、高温トンネルでした。実際にトンネルから湧き出た温泉は熱交換されてトンネルの出入り口の融雪に使用されています。長野県側中の湯では工事末期に水蒸気爆発があり、トンネル出口のコースが変更されて急カーブとなりました。
「耐熱自走客車」と呼べるかもしれません。 July 05 百間町あちこち飛びますが、今夜は「頸城鉄道 百間町」です。先日、帰ってきた車両達が公開された場所です。新黒井側に駅舎、浦川原側に車庫がありました。今はこの車庫の一部だけが残っているようです。写真は新黒井行き・混合列車(客車+貨車)です。
長者丸さん写真をリンクさせていただきました。 July 01 尾小屋鉄道2尾小屋鉄道「沢」駅 昭和47年1月8日 雪のない新年を迎えました。この日は天気も良く、前後の写真から判断すると、尾小屋から沢まで歩いてきたようです。たいへんのんびりとした撮影旅でした。
ホームのミルク缶、踏み切りの自転車・・・キハ3の到着です。 June 28 アウストロダイムラー「まーくんの部屋」のコメントで「アウストロダイムラー」が話題になっていましたので、今日は家内の祖父が撮影したこの機関車をご紹介します。この機関車は神岡鉱山鉄道(610mm)と磐梯山の山麓の森林鉄道で採用されたようです。とにかく変わった形をしています。
以前この機関車の模型を作りましたが、今回、模型工房から発売されるようです。楽しみです。
初公開の写真は昭和11.11.11 開通記念列車(日の丸を掲げている)
昭和12.12 雪の中で June 22 黒井&新黒井朝、富山から北陸本線で糸魚川へ、「東洋活性白土」でミニSLを撮影。そして糸魚川から直江津を経由して黒井へ向いました。頸城鉄道の連絡駅が信越本線「黒井駅」です。当時はまだ信越本線は蒸気機関車が走っていました。 一日に二つのナローゲージを訪問できたことは今となっては夢物語ですが、ちょっと欲張り過ぎて、両鉄道とも短時間の撮影となってしまいました。 「東洋活性白土」のことはあらためてご紹介します。 |
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